昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識してても、届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。
いま、世界は事実上の無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。聞いてすらもらえなかった話を聞いてくれる人々にもどんどん出会える。
住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る。そんなのもそう難しい話ではなくなった。
広がりすぎた世界にいると、好奇心の満足することがない。飽きることがない。だって世界は無限だし。
好奇心を失うことが大人になることだった時代は、そこで終りを告げる。昔の大人から見れば、いつまでたっても子供のままに見えるだろう。落ち着くことがない。だってまだまだ新しいものが見えるし。
どう考えても若者論より「大人論」のほうが必要ですという記事。この内容には大きく共感するものがある。無限の時代に生きる我々は、新しい大人像を模索する必要がある。
(Source: akirasek)
ブランチをとるためにフラッと入ったMUJI Cafeで、妻が何気なく『無印良品キャンプ場』の冊子を取ってきました。私は中をパラパラと見てすぐに、バッグに入れて持って帰るように頼みました。普段はチラシどころかポケットティッシュすら受け取らない私が珍しいことを言うと、妻は不思議そうに表情を覗き込んできます。
「なんで? 珍しいね」
つい身振り口調が大げさになるのを自覚しながら説明しました。
「何が凄いって、これ。無印良品キャンプ場の冊子なのに、無印良品キャンプ場の宣伝ページが1ページもない」
「あーそうなのよ。わたしも、どこにキャンプ場の情報が書いてあるんだろう? って首を傾げちゃった」
あなたが営業担当者や広報担当者で「キャンプ場に客を連れてこい」と言われたら、キャンプ場の良さを伝えようと努力するに違いありません。自然が豊かで、最新の設備があり、値段がリーズナブルかつ交通の便も良く、たくさんのイベントをやっていますよ、と。冊子を制作したら、まるで健康診断の結果のように詳細にキャンプ場のスペックが書き込まれるでしょう。
私の妻が求めていたのは、このような冊子でした。なぜなら、私たちは昨年の夏に無印良品キャンプ場の会員なったのに、妻の妊娠の影響でまだ一度も行っていなかったからです。妻はお目当てのキャンプ場がどんなところなのだろうと気になって冊子を手に取りましたが、キャンプ場の情報が一切載っていなかったので面食らったわけです。
■CAN 世界一強いお父さん
家族に関するお話です。まずは、この4分間のビデオを見て下さい。
YouTube: A Moving Story of one Incredible Father
視界の定まらない男性が登場し、パソコンの画面に「CAN」とタイプする。そして、場面は切り替わり、どうやら、障害を持った子供が生まれ、車椅子による生活を送ることになったことがわかります。そして、更に場面は切り替わり、その障害を持った子供が、今度は海の上でボートに揺られ、そのボートを一人の男性が引っ張って居ます。
更にシーンは次々と変化します。この二人が、時には山をバックに自転車で進む姿、時には海を背景に自転車で進む姿、時には大学の中を車椅子で進む姿が次々と現れます。
一体なんの事か分からなかったですか?
これは、ディック・ホイトという、お父さんと、その息子リック・ホイトのホイト一家の生涯を綴ったビデオです。このビデオにはこんな背景があります。
出生時にへその緒が首に巻き付いていたリックは、脳に障害が残り、四肢を動かすことが出来なくなった。生後9ヶ月の時、ディックと妻・ジュディに医師は宣告しました。「一生、この子は植物人間状態です。施設に入れなさい」と。
しかし、ホイト夫妻は耳を貸しませんでした。息子が、部屋の中を移動する両親を目で追っていることに気づいていたからです。「きっと、この子は意識を持っている。」そう信じていたのです。リックが11歳の頃、二人はタフト大学へ息子を連れて行き、リックが意思疎通できるよう手を貸してくれないかと請願しました。「無理ですよ。彼の脳は全く機能していませんよ。」そう返事が返ってきました。
「では、何かジョークを言って下さい。」ディックは食い下がりました。彼らがその通りにジョークを言うと、リックは笑いました。彼の脳が活発に機能していることを証明してみせたのでした。この一件で タフト大学の協力が得られるようになり、リックの頭の横にスイッチに振れることでカーソルを動かせるコンピュータを取り付けることが出来ました。この装置によって、ついにリックは家族と意思疎通できるようになりました。
やがて月日は流れ、リックは高校生になりました。そこで、リックとディック親子の一生を変える出来事が起きました。
ある日、高校の同級生が事故で全身麻痺になり、チャリティーマラソンが開催されることになりました。それを聞いたリックがある言葉をタイプしました。「父さん、僕もやりたい。」と。
ディックはこの言葉に驚きました。当時のディックは自他共に認めるデブで、1kmも走れないような男でした。そんな男がどうやって息子を押して8kmも走るっていうんだ?
それでもディックはやってみました。走った後のディックの感想は「2週間、体中が筋肉痛でもう。。。」 でも、息子の掛けたこの一言が、ディックの人生を変える事になりました。
「一緒に走っている時、僕、自分が障害者じゃなくなったような気分になったよ!」
父は、息子にその気分を出来るだけ与えてあげることに生涯を捧げることになりました。例えどんなに筋肉痛になろうとも。それから二人は練習に練習を重ね、1983年のあるマラソン大会で、翌年のボストンマラソン出場資格のタイムに達っするまでに至りました。「次はトライアスロンに出場してみたらどうだ?」あるとき、友人がディックに言いました。泳ぎ方も知らない、6歳以来自転車を漕いだこともない男が、どうやって50kgの息子を引っ張ってトライアスロンに出場するっていうんだ?
でもやっぱり、ディックはやってみた。 「息子に、健康な人が体験出来る、あらゆる体験をさせてあげたかったから」
二人はこれまで、もっとも過酷とされるハワイのアイロンマンレースを含むトライアスロンに200回以上も出場しています。
ある時、ある人がディックにこう問いかけました。「一人で走ってどんな結果がでるか、やってみたらどうだ?」
ティックは即答しました。「まさか!嫌だよ!」と。「僕が走る理由はただ一つ。息子と共に走り、泳ぎ、漕ぐ中で、息子が見せる、ひまわりのような笑顔が見れた時の、あの「最高の気分」に浸るため。ただ、それだけなんだ。一人で走ったって意味が無い」
そんな父親に対して、リックはこうタイプします。「疑う余地も無く、僕の父さんは今世紀最高の父親だよ。」と。 その後、リックは、ホームケアを受けながら一人暮らしをはじめ、ボストンで働くようになりました。ディックは軍を退役し、マサチューセッツ州に在住、二人は別々の場所で過ごすことになりましたが、二人は出来るだけ共に時間を過ごすようにしていました。
ある、父の日の晩、リックは父に夕食をおごる予定でした。しかし、彼が本当に贈りたいものはお金では決して買えないもの、リックはこう綴ります。
「僕がお父さんに一番あげたいものはね、今度は父さんを車椅子に座らせて、一回でもいいから押してあげたいんだ。」 一人で満足に動けない人が、そんな事が出来るわけがないと思う人も居るかもしれません。でも、彼は続いてこうタイプしました。
「CAN」。
何これ凄い。画面上にある無数の四角のどれか一つをクリック。次に別の四角をクリック。1時間くらいこれで遊べそうな気がする。
CLICK THE SQUARES !
omg, im finally entertained for life!
↑
FUCK OMG
UMMMM WHAT THE FUCK THIS IS AWESOME
I PROMISE YOU THAT THIS IS ONE OF THE GREATEST THINGS I’VE EVER REBLOGGED. EVER.
I have this app on my iphone
Best thing everI made epona’s song using this hs this is awesome
THIS WAS LITERALLY MY FACE AS SOON AS I CLICKED A SQUARE
I just need this on my dash
hours of entertainment and dicking around hello
osom
(Source: mandaflewaway)
船は港にいる時最も安全であるが、
それは船が作られた目的ではない。
会社ってオモシロイ?仕事ってオモシロイ?:日経ビジネスオンライン
勝つためには独自性を出さねば、ではなく、他を荒らさず共生するために独自性、って目から鱗。